菊地の【ロレックス】通信 No.080|日本の並行輸入市場とロレックス [第1回:1980〜90年代]

 当のロレックス通信も2019年4月16日に第1回目を公開してからというもの、毎週日曜日に欠かさず更新を続け、気がついたら今回で80回目。「ロレックス」というひとつのテーマだけで、我ながらよく続いたものだと、いまさらながら思ってしまった次第である。そこで今回は、ちょうど切りのいい数字の回ということもあり、時計についてというよりはロレックスの日本市場について、数回に分けて簡単にまとめてみたい。

 筆者がこれを連載し始めてからロレックスのことについてほかのメディアから取材を受けることがある。そのときによく聞かれることなのだが、そもそもロレックスがこのような人気ブランドになったのはいつ頃で、なぜロレックスだけが特別なのかということだ。恐らくロレックス愛好家以外は誰でも素朴に感じることだろう。そこでこの2点いついて書きたい。まずは「いつ頃から」についてである。

 実のところ筆者が時計に関わり始めたのは90年代半ばから。そのためそれ以前となると正直なところ正確にはわからない。ただ、長年アンティークウオッチを扱っているというバイヤーなどにも取材する機会が多いため、そのときによく聞いた話によると、どうもロレックスは80年代前半から世界的に注目が集まり、それを日本の情報誌が取り上げたことにより、そのブームが日本にも飛び火したというものである。

 80年代といえば日本ではちょうどバブル真っ盛り。バブル経験者である筆者が記憶しているのは、メルセデスベンツと並んでロレックスは手の届く高級ブランドであり、ステイタスシンボルのひとつとしてもてはやされたことだ。

 当時日本での人気の主流は現在のようなデイトナではなくデイトジャストだった。しかもボーイズサイズの18金イエローゴールドとステンレススチールのコンビモデルが爆発的な人気だったように記憶している。当時は肩パット入りダブルのスーツに、セカンドバッグとロレックスというスタイルである(笑)

自動巻きムーヴメントが初めて採用されて1988年にリリースされたデイトナのRef.16520。毎時3万6000振動というゼニス社のクロノグラフムーヴメントを耐久性に配慮して毎時2万8800振動に落として改良されたことが話題となった

 なお、デイトナがイタリアでブレイクしたのは1980年代後半のこと。それまではまったく人気がなかったらしい。それが1988年のモデルチェンジによってゼニス社のエル・プリメロベーズの自動巻きクロノグラフムーヴメントが初搭載されたRef.16520が登場し、これがイタリア・ヴォーグ誌のファッションページを飾ったことがきっかけで、瞬く間に世界に人気が波及したと言われている。

 また、その頃ロレックスだけでなくパテックフィリップなどの昔の時計にも注目が集まるようになり、世界的なアンティークウオッチブームも起こっている。それを受けて80年代後半には日本でもアンティークウオッチのショップがいっきに増えた。同時期の百貨店などいわゆる正規販売店では有名時計ブランドといえども、大半をまだクォーツが占めていた時代である。80年代後半から90年代半ばまでは並行輸入店ではなくアンティークウオッチのショップが主流だったのだ。

 並行輸入店が台頭してきたのは90年代半ばからだ。いわゆる高級ブランドブームが女性の間で起ってからである。グッチ、ルイ・ヴィトン、プラダ、エルメスなどのバッグ類や、時計だとロレックス、カルティエ、ブルガリ、シャネルを所有することがステイタスとなり、ルイ・ヴィトンやプラダ、グッチなどのバッグや財布を高校生が持つなどして社会問題化したほどだ。つまり、赤文字系女性ファッション誌(だったと思う)の影響が大きかったのだろう。ロレックスは90年代に女性にとって憧れの存在としてすでに浸透していたのである。

ドラマで木村拓哉氏が着けたことでいっきにブレイクしたエクスプローラー I のRef.14270。1990年〜2000年まで生産された

 そんななか97年に放映されたフジテレビ系大ヒットドラマで、当時ファッションリーダー的な存在だった主演の木村拓哉氏が、ドラマ内でエクスプラーラー I を着けていたことから火がつき、当時並行輸入店での実勢価格30万円台前半だったものが60万円台まで高騰した。つまり、これが時計ブランドの中でもロレックスの存在と価値をさらに広く一般に知らしめた大きな出来事だったに違いない。

 そして90年代後半からスイス製機械式高級時計が世界的に再評価されはじめる。日本でそれを牽引したのがロレックスを筆頭とする老舗の高級時計ブランドだが、スタイリストなどファッション業界から火がついたと言われている、当時新興ブランドだったフランク・ミュラー(1990年)やパネライ(1993年)の存在も新たな需要を喚起したという点では大きく影響を与えたと言える。

 そして、この高級時計ブームは2000年に入ると世界レベルでさらに右肩上がりに加速することになる。ということで次回は2000年〜現在までをお届けする。

菊地 吉正 – KIKUCHI Yoshimasa

時計専門誌「パワーウオッチ」を筆頭に「ロービート」、「タイムギア」などの時計雑誌を次々に生み出す。現在、発行人兼総編集長として刊行数は年間20冊以上にのぼる。また、近年では、業界初の時計専門のクラウドファンディングサイト「WATCH Makers」を開設。さらには、アンティークウオッチのテイストを再現した自身の時計ブランド「OUTLINE(アウトライン)」のクリエイティブディレクターとしてオリジナル時計の企画・監修も手がける。

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