蛭子 能収 -男の肖像時計の選択(パワーウオッチVol.64)

角形のフェイスが当時の流行を物語るセイコー シャリオ。シンプルで堅実なムードは蛭子さんのブレないキャラにもぴったりだ

 

愛用のセイコー シャリオは、32歳で会社を辞めたときに送別会でもらった品だ。

「それまでは、時間がわからなければ、そのへんにいる歩行者に当たり前に『いま何時ですか?』って聞いてたんですよ。オレ、そういうの平気なんですよね。外国で言葉がわからなくても、単語だけでどんどん話しかけちゃうほうだし。だから時計があるとコミュニケーションの機会がなくなっちゃう(笑)。もらったときも正直、『別にいらないんだけどなあ』と思ったけど、プレゼントなんてあげたことももらったこともなかったから、その気持ちはうれしかったんです」

以来、腕時計を身に着けるようにはなったが、所有したことがあるのは後にも先にもこれ一本だけ。そもそも贅沢なモノを持ちたいという気持ちがなかったし、それはいまもなにひとつ変わっていない。

「オレひとりなら家はぼろアパートでいいし、食事はその辺の中華屋で肉野菜ライスでも食べられれば十分。普通の庶民的な生活ができればいいんです。サラリーマン生活は苦手だけど、いざとなればいまだって、肉体労働でもなんでもやれますよ。できれば雀荘の店員がいいけど、あの仕事はお金にならないからなあ(笑)」

当然、時計もひとつあれば十分という考えだ。

「時計の形とかは正直どうでもいいんですよね。時間さえわかればいいから、別の時計が欲しいと思ったこともありません」

着け始めた頃にはむしろ、「腕時計を着けるようなおしゃれな人間じゃないのに」と気恥ずかしくさえ思っていた。ベルトがボロボロになっても意に介さず、いよいよ擦り切れたときにはベルトだけを交換してまた同じ時計を着ける。しかし、その繰り返しで30年以上が過ぎたとき、着実に時を刻み続けた時計は蛭子さんにとって、唯一無二のものになっていた。

「漫画家には珍しいって言われますけど、もともと約束の時間は守りたいほうで、ほら、この時計の針も5分進めてあるんですよ。いまは腕時計がない生活はちょっと考えられませんね。こんなに長い間壊れずに使えているなんてすごいと思いますし、もしこの時計がダメになって買い替えるとしたら、やっぱり同じような時計にします。腕にもぴったりで、もう腕にこの時計の型が付いちゃってるんじゃないかって思うくらいだし、やっぱりセイコーがいいですよ!……なんて言ってたら、セイコーさんがひとつ時計くれたりしないかなあ(笑)」

 

蛭子 能収漫画家・俳優
YOSHIKAZU EBISU 1947年10月21日、長崎県生まれ。高校卒業後、長崎市内の看板店勤務を経て上京。ちりがみ交換、清掃用品配達などの仕事を経験したのち、1973年に雑誌「ガロ」での入選を機に漫画家デビュー。独特な画風とシュールなギャグ漫画で話題となる。その後テレビにも出演、タレント、俳優としてマルチに活躍中。2003年には「諌山節考」で念願の映画監督デビューを果たす。趣味はギャンブル。

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