アンティーク時計専門サイト「LowBEAT Marketplace」には、日々、提携する時計ショップの最新入荷情報が更新されている。
そのなかから編集部が注目するモデルの情報をお届けしよう。
グリュエン
カーベックス プレシジョン
今回紹介するのは、1940年代後半から50年代前半にかけて製造されたと思われるグリュエンのカーベックス プレシジョンだ。
正面から見た際には、ごく普通のレクタンギュラーウオッチだが、カーベックスという名のとおり、腕に沿うように湾曲したケース側面の形状が特徴的だ。側面からケースを見た際には、大きなカーブを描きつつ、うねるような形状が取り入れた力強いフォルムが姿を現す。ヨーロッパ圏で生まれた時計とは異なる独特のデザインが、アメリカンウオッチらしさを感じさせる1本だ。
10金ホワイトゴールド張りの外装にグレーの文字盤を組み合わせた、シックな組み合わせでありながら、独特のケース造形がアメリカンウオッチであることを主張する。文字盤に印刷されたプレシジョンは、スイスの自社工場で特別に調整された高品質な証を意味するそうだ。

【写真の時計】グリュエン カーベックス プレシジョン。WGF(31×22mmサイズ(ラグを除く))。手巻き(Cal.370)。1940年代頃製。9万9000円。取り扱い店/喜久屋商事 時計部
【画像:カーブした形状のケースや湾曲したムーヴメントの状態を確認する(全6枚)】
当時のトレンドとして、アール・デコと呼ばれる直線的で幾何学的な装飾様式が流行しており、角形ケースの時計が非常に好まれる傾向にあった。そこで各メーカーは、角形専用に精度を保ちつつスペース効率を高めた角形ムーヴメントを誕生させた。しかし、長方形のケースに平面的なムーヴメントを収める構造上、手首に沿うように湾曲した、装着感の良い時計を作ることは困難だった。
当時のアメリカ市場では、ケースがカーブしたレクタンギュラーウオッチの人気が高く、さまざまなメーカーがこのスタイルの時計の製造に挑戦していた。しかし、先に述べたように、カーブした長方形ケースにムーヴメントを収めるには、精度を犠牲にしてでもムーヴメント径を小さくせざるを得なかったのである。
しかしグリュエンは、ムーヴメント自体をカーブさせてしまうという大胆な手法を用いることで、これらの問題を同時に解決した。今回紹介する個体に搭載された、1948年から製造が開始されたCal.370も、ムーヴメントが大きく湾曲している点が特徴だ。
一般的なムーヴメントでは部品を平面的に配置するのに対し、カーベックスでは各パーツを3層に分けて立体的に配置することで、ムーヴメント自体をカーブさせることに成功している。
しかし、50年代半ばに創業者一族が経営から退いた後、経営権を巡る混乱が起き、ブランドの象徴でもあった“スイス・ビエンヌの自社工場”は売却されることとなった。こうした体制の変化により、湾曲した専用ムーヴメントの継続的な製造は次第に困難になっていったと考えられる。
それに加えて、50年代に入ると、ロレックスやオメガに代表されるラウンドケースの防水時計やスポーツウオッチなど、モダンなデザインの時計がアメリカ市場で人気を博すようになる。
このように、経営体制の変化と市場環境の変化が重なった結果、湾曲ムーブメントは徐々に姿を消していったとみられている。
かつて一世を風靡したアメリカ時計史において、特殊な外装デザインを実現するためにムーヴメント設計そのものを変えてしまうという斬新な手法を取り入れたグリュエンのカーベックス。あらためて注目したい存在である。
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文◎LowBEAT編集部/画像◎喜久屋商事 時計部
