【第1回】1990年代に巻き起こった3つのムーブメント|平成時代と時計市場

2019年4月30日、平成の時代が終わりを告げ、5月からは新元号に切り替わる。そこで平成という時代の日本における時計市場とはいったいどんな30年間だったのか、パワーウオッチ5月号(No.105)に掲載した特集記事から抜粋して、4月26日まで全4回にわたって掲載する。

アンティークウオッチが
牽引した平成時代初期

 平成がスタートしたのは1989年のこと。その年の日本はどうだったのか、この原稿を書くにあたり気になったのであらためて調べてみた。

 トレンドでいうと、高級カジュアルファッション〝渋カジ〟が若者の間でブームとなり、イタリアンファッションも流行。携帯型ゲーム機の〝ゲームボーイ〟が発売され大ヒットしたのもこの年だった。

 一方の日本経済に目を向けるとまさにバブル経済絶頂期。日経平均が4万円に迫る3万8915円を記録した年でもある。タレントの高田純次氏を起用した栄養ドリンクのCMが話題となり「5時から男」なんていう流行語まで生まれたほどだ。

 さて、当時の時計市場はどうだったのか。筆者が時計に関わり始めたのは90年代半ばから。そのためそれ以前になると正直言ってあまり記憶がない。あるのはバブル期にロレックスのデイトジャスト(コンビモデル)を、当時ステイタスシンボルとしてみんながごぞって買っていたこと、そしてG-SHOCKの逆輸入モデルがブレイク(92年頃)し、G-SHOCKブームが起こったことぐらいである。そこで今回、当時どのような時計ブランドが展開されていたのかを知るために、日本時計輸入協会が出している輸入時計総カタログを1988年版から調べてみることにした。

 それが驚くことに、そこに掲載されている名だたるブランドの時計は、確かに機械式もあるが圧倒的にクォーツ式が多かったのである。機械式を中心に据えていたのはロレックスやブレゲ、ブランパンぐらいだった。機械式が見直され始めていたとはいえ、ニーズはまだ便利で正確なクォーツにあったことがうかがえる。

 そんな90年代前半の日本だが密かに熱を帯びていたものがあった。それは60年代以前のアンティークウオッチである。

 弊社から刊行した〝ウオッチミュージアム・ヴォガ・アンティークコレクション〟の著者であり、85年から日本でアンティークウオッチのバイヤーをしていた経歴を持つ益井俊雄氏に、このことについて以前に話を聞いたことがあった。

 同氏によると80年代前半にイタリアでロレックスのアンティークがブレイクし、それを当時人気だった日本のファッション誌が取り上げたことで日本にも飛び火してブームとなったと。そのため80年代半ばから90年代は機械式時計と言えば好事家の間ではアンティークウオッチがトレンドだったと言う。事実、80年代半ばからアンティークの専門店が急激に増え出し、90年代にはその数もピークに達していた。

 当時の時計専門誌を見ると不思議なことに正規店はほとんど掲載されておらず、しかも時計専門店として紹介されていたのは、アンティークが中心の品揃えだった店がほとんどだった。つまり、機械式という視点からすると90年代前半の時計市場を牽引していたのは、現行品ではなくアンティークウオッチだったと言えるだろう。

ハイブランドブームと
空前のロレックスブーム

 現在はアンティーク専門店と現行品を扱う、いわゆる並行輸入の時計専門店は明確に分かれている。では、後者の並行輸入の時計専門店はどのようにして確立されていったのだろうか。筆者は恐らく90年代後半に日本で巻き起こった次の三つのムーブメントが大きく関係していると考える。それはハイブランドブームとロレックスブーム、そしてロレックスに並ぶ新たなキラー・ブランドの存在である。

 そのひとつ〝ハイブランドブーム〟とは、つまりグッチ、プラダ、ルイ・ヴィトン、エルメスといったハイブランドのバッグや小物が女性の間でブレイク、それらの並行輸入品や中古品を扱う店がどんどん増え、質店までもが販売を主とした専門店を展開するなど新たなトレンドとして注目された。そして〝ブランド雑誌〟と呼ばれ、それらの商品を紹介する雑誌が各社から創刊。正規の情報を掲載するファッション誌とは一線を画す新たなジャンルとして確立された。そして当然のごとくこれらのショップではロレックス、ブルガリ、カルティエといったハイブランドの時計も販売されている。

 一方、同時期にはロレックスが空前のブームを迎えていた。その引き金になったのは、みなさんもご存じの97年に放映されたドラマ〝ラブ ジェネレーション〟。当時ファッションリーダー的存在だった木村拓哉氏がドラマのなかで着けていたエクスプローラー1がブレイク。これがブランドとしての存在をさらに広く一般に知らしめ、ひいては高級時計自体にも目を向かせたことは確かだ。

 そして三つ目のキラー・ブランドだが、これは90年代後半に台頭してきたフランク ミュラーとパネライという二つの新興ブランドだ。

 クォーツショックで疲弊したスイスの時計産業だが、80年代に入ると機械式時計に対して工芸品としての価値を見出す機運が高まり、機械生産化を進めるなど体制の立て直しを目指してきた。そして90年代半ばには見事に復権を果たす。そんななかで誕生してきたのがフランク ミュラーやパネライといった新ブランドである。それまでの時計ブランドにはない新しさから業界人などファッションリーダー的な人たちから注目され、一気にブレイク。パネライに至っては〝デカ厚〟という新たなトレンドまで生みだしてしまった。つまり、これら二つにロレックスを加えた三つのキラー・ブランドの存在が、高級時計自体への興味を促し、同時にほかの時計ブランドにも注目が集まるようになったというわけだ。

 並行輸入の時計専門店は、これら三つのムーブメントを受けて盛り上がりをみせる高級時計市場を見据え、雑貨中心だった並行輸入店が時計専門店を新たに出したり、元々の時計専門店がアンティークから主軸を現行品へとシフトしたり、そして新たに参入してきたりと、90年代後半からの時計ブームの盛り上がりとともに増えていったのだ。

世界的な時計ブームと
創刊相次ぐ時計雑誌

 2000年代に入ると、中国などの新興国の台頭もあり世界的な時計ブームが巻き起こる。そして、先に紹介した3つのキラー・ブランドのほかにもカルティエ、ブルガリ、シャネルといった老舗メゾンもメンズの機械式モデルに力を入れてきたことも日本での時計人気を押し上げた大きな要因と言えるだろう。

 そしてもうひとつ。弊社のパワーウオッチ(2001年創刊)を含めた新たな時計雑誌の相次ぐ創刊(ほかに3誌)も時計市場に与えた影響は大きかったに違いない。何と一時期は定期誌だけでもその数11誌。書店に時計コーナーができるほどだった。しかもその中の1誌を除いた3誌は小誌を含めてすべて並行輸入店の情報誌だったのである。

 それまで正規と並行の情報が混在していた既存の時計雑誌は、徐々に正規情報だけにシフト。同時に並行輸入品に対するブランド側による締め付けが厳しくなっていった。いかに並行輸入市場が活況を呈していたかがおわかりいただけるだろう。

 ただしこの状況は、08年のリーマンショックで一変する。

さて、第2回は平成元年からの最初の10年について取り上げる。

【第2回】機械式時計が復権を果たす|平成元年〜平成10年(1989-1998)

【第3回】個性派ブランドが牽引する|平成11年〜平成20年(1999-2008)

【最終回】好景気から一転、不透明な時代へ|平成21年〜平成31年(2009-2019)

 

菊地 吉正 – KIKUCHI Yoshimasa

時計専門誌「パワーウオッチ」を筆頭に「ロービート」、「タイムギア」などの時計雑誌を次々に生み出す。現在、発行人兼総編集長として刊行数は年間20冊以上にのぼる。また、近年では、業界初の時計専門のクラウドファンディングサイト「WATCH Makers」を開設。さらには、アンティークウオッチのテイストを再現した自身の時計ブランド「OUTLINE(アウトライン)」のクリエイティブディレクターとしてオリジナル時計の企画・監修も手がける。

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