長らくレディースウオッチの象徴として地位を確立してきた、マザー・オブ・パールを使用した腕時計(略称“MOPウオッチ”)。しかし近年は、文字盤表現の多様化や塗装技術の向上で各メーカーから様々なMOPウオッチが展開されており、メンズモデルにも採用される事例が増えてきている。
今回は、いま広がりを見せるMOPウオッチをクローズアップ。その歴史や性質、加工方法などに加え、メーカーへの取材でわかったウラ話の類いまで、幅広く解説する。
【画像】貴重な文字盤ブランク(半加工品)ほか、記事の画像を一挙に見る
●時を超越した天然素材“マザー・オブ・パール”
紀元前2000年頃より古代メソポタミアやエジプトにおいて使用されていたとされ、実に40世紀以上もの歴史をもつマザー・オブ・パール(以降“MOP”と表記)。真珠層とも呼ばれ、カキやムール貝、アワビなどの軟体動物の殻の内層で生成されるこの天然素材は、長きにわたり装飾品や供物品として使用されてきた。
時計史におけるMOPについては、20世紀初頭に製作された懐中時計にすでに使用されていた記録が残っており、20世紀半ばには女性用高級腕時計の定番となった(ただ、その希少性から、いまで言うところのユニークピースのようなものだったとされる)。

一部の高級時計ブランドはMOP文字盤の懐中時計も製作していた/■パテック フィリップ。YG(38mm径)。手巻き。1925年製。参考商品
●養殖貝の普及とMOP特有の干渉色
かつては海水産の天然貝のみを使用して製作されていたMOP文字盤だが、養殖貝の成育プロセスが確立されたことで、その状況は一変。真珠の色や輝きは真珠層(貝殻と同じ結晶の重なり)から生み出されるが、その真珠層が重なる原理で生育された養殖真珠が原料として広く出回るようになったのだ。貝殻で作った核と外套膜の一部を貝の体内に入れて真珠袋を作り、真珠層がそれを覆う仕組みを応用して量産化。さらに淡水で短期間での浜揚げを行うことで、大幅なコストカットを実現した。
ただ、養殖貝は天然貝に比べて薄く小さいゆえ、干渉色が強く出るという課題があった。光を反射して輝きを伴う干渉色と実体の色素、核を取り巻く有機質によって真珠の色は左右されるが、先述したサイズダウンに伴い、この干渉色が強く浮き出るものが出回るようになったのだ。干渉色が強いと、光で反射した際に緑やピンクを含む虹色、いわゆるMOP特有のぎらつきが生まれることとなる。
宝飾における真珠と時計におけるMOPの需要の違いは、この干渉色による強い光沢を好むか否かが大きい。高級時計においては、従来の天然貝のように控えめな光沢で白い色味が良しとされてきただけに、長らくこの干渉色をどう抑えるかが課題であった。

MOP文字盤の原料となる真珠の母貝である白蝶貝。文字盤に適した箇所をくり抜いてスライスする原料取り、原料加工を行い、塗装、金属製地板との貼付け、植え地や印刷などの加飾、品質検査という多くの工程を経て1枚のMOP文字盤が完成する/◎画像協力:エプソン
この問題については、真珠を構成する成分であるアラゴナイト(炭酸カルシウムの結晶)を白蝶貝の上に人工的に作り出し、成長した結晶を平坦に研磨するという手法である程度改善され、技術力の高いメーカーは干渉色を抑えながらMOP特有の光沢を出すことが可能となった。