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福島第一原発の処理水で知られる「トリチウム」。90年代以前の腕時計はそれによって逆に価値が上がるってホント!?

トリチウムを使用している個体には6時位置に「SWISS-T<25」と記載されている。その後ルミノーバに変更されると「SWISS」→「SWISS MADE」と表示も変更された

東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水の海洋放出が大きく報道されて国内のみならず海外でも注目を集めたが、その報道を見ていてふと気になったのがALPS処理水に残された“トリチウム”という放射性物質である。実は腕時計にもかつて関係していたからだ。

では残ったトリチウムは大丈夫なのかということだが、経済産業省のホームページを読むと、放射線は紙1枚でも遮ることができてしまうほどエネルギーとしては非常に弱いβ線しか出さないうえに、体内に取り込んだとしても水と一緒に体外に排出され、臓器などにも残らないため人体への影響はないとしている。

ちなみに、処理水にトリチウムが残った理由について、水素の一種で水と同じ性質をもっているために除去することが非常に難しいためと説明している。

先にも触れたように、このトリチウムはある特性から1990年代後半(98年頃)までの時計産業においては、かなり身近な存在だったのである。

その特性とは、トリチウム自体は光らないものの、放射線(β線)が蛍光塗料に当たると自発光する。つまり1960年代以降になるとこれをインデックスの夜光塗料として多くの時計メーカーが普通に使うようになったからだ。つまり、時計内部に使用しても人体に影響がないという前提があったからである。

しかし、日本も含めて基準が厳しい国もあったことから、トリチウムの放射線量を25マイクロキュリー(現在の925キロベクレル)以下という基準が設けられていた。これがどれほどの数値なのか筆者は専門家ではないためわからないが、トリチウムが使われた時計には低い放射線量だということを示す「T<25」という表示が必ず文字盤(6時位置)に小さく明示されている(トップの写真参照)。

トリチウムが経年変化で変色していい感じの飴色になった、1970年代後半のサブマリーナーデイト、Ref.1680

トリチウム夜光は、現在の蓄光型夜光と違い、自発光することから暗闇に何時間いようが光り続けるという特徴がある。しかし、半減期があるためトリチウム自体は10年以上経つと徐々に減っていきやがてなくなる。そのため当時の腕時計は現在ではもう光らない。

その代わりトリチウム夜光は経年によって焼けたりして飴色に変色する。しかもその色味は個体によって違うためひとつとして同じものがない。現在ではそれが復古調の味わいとして特にアンティーク愛好家の中で珍重されるようになったというわけだ。

これは特にロレックスで顕著なのだが、人気スポーツモデルにおいてはトリチウム夜光かどうかで実勢価格が上下する。つまりトリチウムを使用しているほうが経年変化によってアンティーク感が強まるために人気が高く、しかもその変色具合の雰囲気でも実勢価格が割高になっていくというわけだ。

おそらくは時計に興味がない人にとって、まったく理解できないことかもしれないが、アンティーク時計の世界に限っていえば、トリチウムはいまやとても価値のある存在となっているのである。

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菊地 吉正 - KIKUCHI Yoshimasa

時計専門誌「パワーウオッチ」を筆頭に「ロービート」、「タイムギア」などの時計雑誌を次々に生み出す。現在、発行人兼総編集長として刊行数は年間20冊以上にのぼる。また、近年では、業界初の時計専門のクラウドファンディングサイト「WATCH Makers」を開設。さらには、アンティークウオッチのテイストを再現した自身の時計ブランド「OUTLINE(アウトライン)」のクリエイティブディレクターとしてオリジナル時計の企画・監修も手がける。
2019年から毎週日曜の朝「総編・菊地吉正のロレックス通信」をYahooニュースに連載中!

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