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いまもあればいいのに! サイズ調整もラクラク。軍も認めたメタルブレスってどんなブレス?

 時計のメタルブレスというのはブランドによって様々なものがあるが、個人的に時計のブレスで重要なポイントだと思っているのが、サイズの微調整が簡単にできるか否かだ。

 たとえば、ブレスの1コマの差でユルかったりキツかったり。ちょうどいいと思っていても、体調によってユルくなったりキツくなったり…。ブレスの時計を着けている人ならわかってくれるかと思うが、これが意外とストレスになったりする。

 ところで、ロレックスのなかでも人気のスポーツモデルには折り畳み式のコマを伸ばすことで約5mmの延長ができるイージーリンク機能が標準装備されているほか、サブマリーナーなどのダイバーズモデルでは、工具を使用しなくても、ロックを解除してスライドさせることで2mm間隔、最長2cmまでブレスのサイズを延長できるグライドロック・エクステンションシステムがある。
 ロレックスが人気の理由には、こうした実用に関しても配慮されているというところも、確実にあると思っている。

 少し前置きが長くなったが、今回の話は、実は現行の時計でなくてもサイズ調整が簡単なブレスがあったという話。しかも、それが軍用時計にも使われていたというものだ。

 ボンクリップ(Bonclip)というのをご存じだろうか。ボンクリップというのは、腕時計のブレスに付けられた商品名のことである。
 ボンクリップは一般に“バンブーブレス”とも呼ばれている。コマが薄く、シャリシャリとした軽量感のある独特の形状をしたブレスのことで、アンティークウオッチでは比較的よく見るタイプのブレスだ。名前は知らなくとも一度は見たことがある、という人も結構いるのではないだろうか。

軍用のウィームスに装着されたボンクリップ。軍用時計らしいスタイルだが、無骨な雰囲気とは異なり程よく焼けた文字盤によく似合う

ベーシックな14〜16mmくらいのリンク幅を持つボンクリップのブレスは、ドレスウオッチにも合うので何かと使える

レディースサイズ。レディースアンティークに合うブレスはデコラティブでドレッシーなものが多いが、これならシンプルなので日常的に使いやすいだろう

こちらは珍しいゴールドのボンクリップブレス。ゴールド仕様が作られていたことから、もともと軍用として製造されたものではなかったと推察される

 

 ボンクリップのブレスだが、一体なにが注目なのかというと、実はかつてイギリス空軍の軍用時計にも採用されていた由緒正しいブレスなのだ。

 最大の特徴は一般的な金属ブレスのように、いちいちコマを外して長さを調整するのではなく、ブレスに設けられている輪っかにブレスを通し、その輪っか部分を起点として自由にサイズを調整できるというフィッティングシステムにある。

 人の体というのは、気圧の変化や体内の水分量などの影響でむくんだりするため、日々の生活のなかでも常にサイズは変化している。
 例えば、朝に腕時計を着けた時はぴったりだったのに、夕方には緩かったり、逆にキツく感じたりという経験はあるはずだ。ボンクリップのブレスはこうした微妙なフィット感の調整を容易に行うことができる。

 地上と上空の激しい環境の変化にさらされ、フライトジャケットの袖の上から腕時計を着けることも珍しくないパイロットにとって、フィット感の調整が容易なブレスは非常に便利。この利便性の高さがイギリス空軍の目に留まり、軍用時計のブレスとして採用されることになったわけだ。

 事実、イギリス軍による公式資料のなかには、時計だけでなくボンクリップのブレスにも規格ナンバーが与えられ管理されていたことがわかる記述も残されている。
 ボンクリップのブレスがどのようなかたちで、いつから、どのように運用されたのか、数少ない資料からではその全貌は把握できないが、イギリス空軍に供給された時計としてはIWCのマーク11などが有名だが、20mm、19mm、17.5mm幅の3タイプのブレスが採用されたようだ。

上の画像はマーク11に求められた仕様をまとめた仕様書。マーク11にボンクリップのブレスが装着されている/画像:キュリオスキュリオ

 また、1981年にイギリス国防省が発行した“DEFENCE STANDARD 66-4”のなかにも、ボンクリップのブレスに関する記述が見られることから、少なくとも81年までは正式に軍用として採用されていたと思われる。

 このボンクリップのブレスとは、いったい誰が作ったのだろうか。
 その出自を調べてみると、1930年3月6日にイギリスで、31年6月4日にはドイツで特許が取得されていた。その特許の提出者というのが、ダドリー・ラッセル・ホーウィット(DUDLEY RUSSEL HOWITT)という人物だ。

 特許の取得情報からわかるのは、特許を取得した時点でダドリー・ラッセル・ホーウィットはロンドンのハットンガーデンに拠点をおいていたことくらい。また、ボンクリップのブレスには特許ナンバーとともに“B.H.B. & S”という文字が刻印されている。これはバーミンガムにあったBHブリトン&サンズというジュエリーメーカーを示している。
 同社ではかつて懐中時計用のチェーンを製造していたらしいが、ダドリー・ラッセル・ホーウィットがボンクリップの特許を取得してからおよそ40年以上もボンクリップのブレスを製造。イギリス屈指の懐中時計用チェーン、そしてブレスレットメーカーとなったという。

 軍用として採用されるなど確かな実績を残したボンクリップ。だが、現在はボンクリップのブレスは製造されておらず、アンティークウオッチとともに市場でわずかに見られる程度というのが現状だ。

 

 

文◎佐藤杏輔(編集部)/写真◎笠井 修

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